国境なき医師団の設立者、ハンス・ロスリングの気になる経歴とは

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ハンス・ロスリングといえば、アウトブレイクの発見をはじめ、医学の発展に惜しみなく尽力した人物として有名です。

偉人ハンス・ロスリングの経歴を追ってみたいと思います。

 

分岐点にもなった大学生活

ハンス・ロスリングは、1948年生まれの医師であり、公衆衛生学者としても優れた知見を持っていることで知られます。

2017年にこの世を去るまでの功績は実に大きいことで知られており、後世にも大きな影響を与えた学者のうちの一人といっても過言ではありません。

ハンス・ロスリングが生まれたのは、優秀な学者を多く輩出していることでも知られるスウェーデンです。
幼少期からさまざまなことに興味関心を示す好奇心旺盛な子供であったことも事実です。

そんなハンス・ロスリングの経歴をたどってみると、1967年から1974年までの間にウプサラ大学で学んだことが、彼の人生にとっての大きな分岐点になったことがわかります。

ウプサラ大学といえば、言わずと知れた名門大学であり、これまでにも多くのノーベル賞受賞者を出してきました。

ハンス・ロスリングがウプサラ大学で学んだのが、医学と統計学です。
統計学については、意外と思う人もいるかもしれませんが、医学と全く関係ない学問ということではなく、密接に関係しているともいわれています。

ハンス・ロスリングが凄いのは、医学と統計学を学びながら、1972年には単身でインドに乗り込み、公衆衛生学の基礎を学んだことになります。

彼がわざわざ異国でもあるインドにまで出向いたのも、徹底的に公衆衛生学の基礎から学びたいという考えのもとです。
このような考え方についても称賛に値するといえるのではないでしょうか。

ハンス・ロスリングは、インドで公衆衛生学を学ぶと同時に医師免許を取得しました。
そして、1976年から1979年までの間、アフリカのモザンビークで医師として活躍することになります。

1981年8月21日にハンス・ロスリングは、これまで誰も発見することができなかったアウトブレイクの発見に成功します。
このアウトブレイクの発見により、感染症についての研究が大きく進むことになりました。

「苦しむ子供たちを何とか救いたい」という思いが彼の原動力になっていたことはいうまでもないでしょう。
この功績が認められ、ハンス・ロスリングはウプサラ大学から1986年に博士号の称号を得ることになります。

 

あえて発展途上国に赴任!人柄の良さがにじみ出るエピソード

彼が生まれ故郷ではなく、あえてアフリカを選んだことも、とても興味深く思います。
モザンビークについても、まだまだ医療が隅々までに行き渡っているとは言い難く、多くの子供たちが感染症などで命を落としているのが現実です。

そんな事態を少しでも変えたいという思いがハンス・ロスリングの気持ちを駆り立てることになったのかもしれません。
人柄の良さがにじみ出ているともいえます。

博士号を手にしたハンス・ロスリングですが、彼の医学にかける思いが変わることは一切ありませんでした。
むしろ、博士号を取得したことで、彼の病気に苦しむ人たちへの思いが奮い立つことになったのではないでしょうか。

ハンス・ロスリングはその後も、アフリカで20年以上にわたり、アウトブレイクの研究を続けました。
彼の考え方に感銘を受けた医師や研究者も多く、ハンス・ロスリングはそんな人たちにも惜しみなく自らが培ってきた技術や研究成果を教えることに努めました。

この点についても素晴らしいことだと思います。

ハンス・ロスリングは、アフリカ以外にもアジアやラテンアメリカなどの貧困に悩むエリアを中心に精力的に活動を続けます。

そして彼の名前を一層有名にしたのが、国境なき医師団の設立といえるでしょう。
名前にもある通りに、国境を問わずにどこにでも行って医療サービスを提供するという試みは、全世界に勇気と希望を与えることにもなりました。

紛争や内乱、宗教対立などの影響に苦しむ人たちに救いの手を差し伸べるのが活動の目的です。
ハンス・ロスリングはそこでも、先頭に立って活躍を見せていました。

驕ることなく活躍されていた人生は「尊敬」の一言です。

【書評】「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」 著:ハンス・ロスリング

2019年3月10日








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