最短最速で実力を発揮する与沢翼の経歴

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数々の事業を立ち上げてきた与沢翼は、インターネットを中心として収益を上げ、一時は「秒速で1億稼ぐ男」として話題を呼びました。
ネオヒルズ族として注目を集めていた彼の業績と、経歴を振り返ってみましょう。

 

若い時から先見の明を持っていた

 

先見の明を持つばかりでなく、対応する能力も優れていた与沢翼は、1982年11月11日に埼玉県秩父市で生まれました。

実家は旅館を経営していたそうです。
幼い頃から客商売に対するノウハウを間近で見ていたことによって、経営に関する勘が磨かれたのかもしれません。

高校は3日でやめ、一時期は暴走族の仲間入りをしていたと自ら告白しています。
また、暴走族時代に逮捕歴があったことも告白しており、若いときには波乱の人生を送っていたようです。

その後、留置所内で読んだ本に感銘を受けて大学受験を志し、アルファベットの練習からはじめてわずか9ヶ月で早稲田大学に合格したという経歴の持ち主です。
大学受験の際は1日19時間ほど勉強していたそうです。

大学在学中に企業サークルCREW(クルー)や、当時では珍しかったアパレル通販会社であるEsLuxoure(エクスラグジュール)を立ち上げました。
その後、メンズファッションの通販サイトCRAZE(クレイズ)を立ち上げ、2008年7月に男性ファッション雑誌のサイトで公式OUTLETサイトを開設し、実際の店舗までオープンさせています。

渋谷を皮切りに7店舗展開し、年商10億という巨万の富を築き上げるまでに至りました。
しかし、2010年6月までに渋谷店と通販サイトを残して全て撤退してしまいました。
この時期にアフィリエイト会社を立ち上げたのはいいのですが、EsLuxoure(エクスラグジュール)は4千万円の負債を抱えて倒産し、暗黒時代に突入していきます。

自己破産した後、10万円でアフィリエイト事業を本格的に行い、1年で個人年収が12億円という驚異的な数字をたたき出し、立志伝中の人となりました。
この頃、以前設立していたアフィリエイト会社を発展させて新たに設立し、年商50億円稼いでいます。

しかし、散在した結果、法人税が払えなくなるという事態に陥ってしまいました。
2014年にはSNSでアフィリエイト事業が破綻寸前であることを告白し、話題を呼びました。
ただし、事業継続し債務を支払うことを明言しています。
この時破産で注目度が増し、彼のブログはアクセス数が1位にランクアップしました。

 

海外進出を果たし新たな道へ

 

アフィリエイト会社の倒産後、与沢翼はシンガポール就労ビザを取得し、移住しました。
そこで新たにデイトレーダーとして、株式やFXの短期トレードによる利益、ネット関連の利益、不動産仲介をはじめ合計6つの収入源により、総額15億円の純利益を稼いでいます。

2016年に結婚し、ドバイに移住。
ドバイでマンションを即金で購入を皮切りに、現在でも総額25億5千万円程度の資産を持ち、24の不動産物件を保有している注目の人物です。

そんな彼の口癖は「最短最速」です。
発想を抱いてから行動するまでのスピードがすさまじく、過去のアパレル事業の倒産も店舗の出店を急ぎすぎたからだといわれています。
しかし、「最短最速で圧倒的な結果を出す」というルールに従い、新分野に参入する前に3週間徹底的に調べ上げ、仮説を立ち上げられるまでになったら、セルフ突っ込みを行い、反対の考えを見つけるやり方に従った結果、仮想通貨で14億稼ぎました。

判断力・決断力・記憶力といった能力の高さだけではなく、実行する力、反論を乗り越えていく力が高いからこそできるのでしょう。成功するためにリスクを負う事も自身のツイッターに掲げています。

「リスクなきところに成功もリターンもない」と明言するすがすがしさは、賛否両論ありますが、自分自身で努力を続け、結果を残した彼だからこそ言えることだと思います。

実は13歳の頃から古着やオートバイの転売などでお小遣いを稼いでいたという経歴もあり、企業家としての素地は昔からあったのだろうと思います。
商才だけではなく、決してあきらめないで努力をし続けたからこそ、今の収益につながったのではないでしょうか。

その理念や実績、大事にしていることなどを纏めた著書も出版されています。

【書評】「ブチ抜く力」著:与沢翼が伝えたいこと

2019年3月31日








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