怒涛の人生を送るファンド設立者「村上 世彰」とは?




小学生の時から株取引に着手し、経産省の官僚として16年勤めた後に会社を設立。天国と地獄の両方を経験した村上世彰。
波乱万丈な人生を送る村上世彰とは実際どのような人物なのでしょうか。

経歴

村上世彰は1959年8月11日生まれ、しし座のAB型で大阪府大阪市出身の男性です。

1971年、大阪市立道仁小学校を卒業しますが、この頃には株取引をはじめています。
村上氏が小学校3年生のころに父親から「そんなに小遣いが欲しいなら大学生までの分をまとめて100万円、今やるがどうする」という問いに対し、「100万円じゃ少ないよ!大学卒業までは後14年あるから大学入学までの10年分として100万円にして」といったそうです。この頃から交渉力と冷静さがあったのですね。

そうしてもらった100万円をただ使うだけではなく、その100万円を元手に更に小遣いを稼ぐため株式取引を始めます。
小学生ながら投資という分野に興味があり、株式取引を実行に移していました。
その後、東京大学法学部を卒業し通商産業省(現経済産業省)に入省します。

同省を16年間勤めた村上氏ですが、通商産業省で働く中で日本経済の永続的で恒久的な発展のためには、コーポレート・ガバナンスが必要不可欠であると考え、40歳を目前に独立し、ファンドを立ち上げることを決意します。

こうして、かの有名な村上ファンドは設立されます。

独立起業した会社の正式名称は「株式会社エム・エー・シー」で、現金や優良な資産を持っているにもかかわらず有効活用していない上場企業の株式を購入し、それまで経営関与が消極的であった一般的な日本人像を打ち破るように、積極的に株主提案を行いました。

特に、株主を軽視する企業に対しては、株主総会などで経営陣を糾弾し、その新進気鋭な株主ぶりに「物言う株主」として一躍注目を集めました。

その後も村上氏の活動は続き、2000年に行われた日本初の敵対的TOBである、昭栄に対するTOBや2003年ニッポン放送の株式の7%保有、2005年には大証の株式を約10%保有し筆頭株主になったことや、2005年に阪神の株式約26.6%を取得し、阪神タイガースの上場を提案したことなどから更に知名度を上げていきました。

2006年に社長の座を退くと、その後はシンガポールに移住し、妻と5人の子供に恵まれながら不動産投資などを行い、優雅なセレブ生活を送っています。

人柄と著書『生涯投資家』『いま君に伝えたいお金の話』

村上ファンド事件が取り沙汰される事が多い村上 世彰氏ですが、実は義理人情に篤く、真っ向勝負を行う人なのです。

村上ファンドを設立した目的としても、今後の日本経済をよりよく発展させるためには自分が動かなければならないとの使命感から起こった行動ですし、村上氏の主義主張は「企業にとっての資金は人間で言うなれば血液を表し、企業成長には資金(血液)の流れが大切で、流れが滞ると体に悪い影響が出る」というもので、あくまで私利私欲のために動いていたのではなく、経産省の官僚として日本を見たときに感じた使命感から動いているのだということがわかります。

それまで日本には馴染みのなかったコーポレート・ガバナンスの考え方を日本に知らしめることができたという点を見ても、氏のファンドを立ち上げ様々な企業に提言してきた効果はあったと言えます。

株式会社エム・エー・シーの代表を退いた後、村上 世彰氏はンガポールに移住し、沈黙を貫いていたのですが、2017年6月21日、自身の著書を出版することによりその沈黙を破ります。それが、氏の代表作となる文藝春秋社より刊行された『生涯投資家』です。

『生涯投資家』は村上氏の最初で最後の半生記であり、ファンド設立者として培った投資理念の解説書でもあります。
なぜ投資家になったのかというところから、自身のコーポレート・ガバナンスを通じての投資論や時代の変遷、逮捕時の胸中。更には判決から10年がたった今だからこそ話せる内容や今後の活動についても触れている、経営者や投資家は一読すべき一冊になっています。

そして『いま君に伝えたいお金の話』という著書は、村上氏の投資理念を作り上げた、「そもそもお金とは?」といったところから噛み砕いて書かれた一冊です。

「いま君に伝えたいお金の話」村上 世彰(著)は子供がお金について考えることの重要性を伝える一冊

2018.09.26









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