本田直之の経歴とその独自の考えを紹介!




ビジネス界のカリスマ

経歴

本田直之氏は1968年に生まれました。

明治大学商学部産業経営学科に入学して、同大学を卒業した後はシティバンクなど3社の外資系企業に勤務しました。

それから、サンダーバード国際経営大学院に入学して経営学修士を取得しました。

そして、バックスグループの経営に参画しました。

同社において常務取締役として辣腕を振るい、JASDAC市場の株式上場を果たしました。

2004年にレバレッジコンサルティング株式会社を設立して、現在は同社の代表取締役社長とCEOに就任しています。

日本とアメリカのベンチャー企業への投資事業を行っていたり、レバレッジ・マネジメントに関するアドバイスを行っています。

このあたりについては彼の著書であるレバレッジ・シリーズに詳しく書かれています。

このシリーズの代表は『レバレッジ時間術』、『レバレッジ勉強法』、『レバレッジ人脈術』などであり、このシリーズは全部で50万部以上のベストセラーになりました。

ちなみに、これまでの著書累計は300万部以上でアジア各国に翻訳版が発売されています。

他にも、明治大学と上智大学の非常勤講師に就任、会計コンサルティング・アウトソーシング業、エンジニアアウトソーシング業、ライフスタイルコンサルティング業など8社の社外取締役や顧問を兼務しています。

講演活動も積極的に行っていて国内・国外問わずいろいろな大学や企業からオファーが来るほどです。

1年のうちの8ヶ月を東京とハワイで過ごして、残りの4ヶ月を東京以外の日本の地域、ヨーロッパ、アジアなどの国々を旅しているそうです。

 

将来設計をしながら就職、転職をしてきた

本田直之氏はいまや多くの企業のコンサルティングに引っ張りだこの状態ですが、これまで順風満帆な人生だったわけではなかったようです。

特に就職活動では本当に苦労して数多くの企業の面接を受けてことごとく落ち続けました。

それでも自身の夢だった「将来ハワイに住む」を実現するために仕事をしながら苦手な英語を強化することができる外資系企業に応募したとのことです。

そして、その外資系企業は産業見本市を企画運営する企業でしたが、その企業を選んだのにも理由がありました。

当時の日本では産業見本市は全然行われていませんでしたが、海外では流行していたので、将来的に面白いビジネスになると踏んでいたのです。

さらに、同社では営業職を志望していましたが、これもいずれ会社を経営するときに営業経験を活かすことができるという考えからでした。

このように、学生の頃から将来のことを考えて人生設計をしていたのは驚くべきことです。

私が学生の頃はとにかく会社に就職できればいいという考えだけで就職活動していたので、私とは大違いだなと思いました。

しかしながら、外資系企業に勤務してもなかなか英語力が向上しなかったため、アメリカのサンダーバード国際経営大学院に留学することを決意しました。

このあたりの行動力もすごいです。

しかも、MBAを取得してしまうというおまけ付きです。

そして、帰国後に合計6社から内定をもらったのにもかかわらず、本田直之氏は最も給料が低い会社を選びました。

ここにも本田直之氏の考えが反映されています。

その会社を選んだのはCEO直轄の部署で働くことができて経営力が備わると考えたためだそうです。

将来的に会社を設立して経営するには現場でその経験を積むことが必要と考えたらしいですが、実際にそのときの経験を活かして会社を2004年に設立しました。

本田直之氏は目先のことではなく遠い将来も視野に入れた上でキャリアアップ、スキルアップ、転職をしてきたのはさすがだと思います。

著書に説得力があるのはご本人が有言実行をしているからというのも理由の1つでしょうね。

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