ひろゆきの経歴とその性格は?




巨大匿名掲示板サイト「2ちゃんねる」の開設者

 

経歴

本名は西村博之

1976年11月16日に神奈川県に生まれ

父親は国税局職員です。

東京都北区に引っ越して1992年に同区の北中学校を卒業しました。

高校は東京都立北園高校に入学して1995年に卒業しました。

幼少期の頃からコンピュータープログラマーになりたいと思っていて、高校時代は物理がもっとも得意でしたが、数学が苦手だったことから文系に進むことになりました。

1年間の浪人生活を経て、1996年に中央大学文学部教育学科心理学コースに入学しました。

1998年の在学中にアメリカのアーカンソー中央大学に1年間留学しました。

このアメリカ留学中に2ちゃんねるを開設しました。

1999年7月に2ch.netを取得しました。

この頃はまだ2ちゃんねるの知名度は低いものでしたが、2000年に日本で発生した西鉄バスジャック事件の犯人が2ちゃんねるユーザーだったことから、2ちゃんねるがテレビでたびたび取り上げられることになって、一気にユーザーが増加しました。

これによって現在見られるような巨大掲示板になっていくようになります。

2002年に東京プラス株式会社を設立すると代表取締役に就任しました。

その翌年に未来検索ブラジルを設立して取締役に就任し、ガーラとの間で2ch.netとまちBBSの掲載情報に関する独占利用許諾契約を締結しました。

2005年11月にニワンゴの取締役に、2008年7月にティーケイテクノロジーの取締役に就任し、2009年1月に2ch.netを突如シンガポールのPACKET MONSTER INC.に譲渡して管理人からも退きました。

2012年に2ch.net上で違法情報を放置していたことで、麻薬特例法違反幇助の疑いで書類送検されました。

2013年2月にニワンゴの取締役を辞任しました。

同年3月に東京地方検察庁がひろゆきを先の疑いに関して不起訴処分しました。

2014年4月に掲示板サイト『2ちゃんねる』を開設して管理人に就任し、同月に入籍を発表しました。

2015年9月に英語圏の匿名掲示板4chanの管理人になることを公表しました。

ひろゆきは複数の会社を設立して、取締役に就任するなど非常に精力的な活動をしています。

現在は執筆活動をしながら講演、企業へのコンサルティング、タレント活動をしています。

 

用意周到であり大胆不敵

ひろゆきは華々しい生活を謳歌しているように思えますが、その裏側では数々の訴訟を起こされてもいます。

ひろゆきが管理していた2ちゃんねるには誹謗中傷だけでなく著作権侵害などの問題が常にありますので、その創設者のひろゆきを被告として訴える企業や人があとを絶たないのです。

実際に裁判所から賠償金の支払いを命じられたこともしばしばあります。

しかしながら、彼はそうしたことに落ち込むのではなく、むしろ多額の損害賠償の負債があるにもかかわらず、ひろゆきは支払うことをせずに、さらには支払う意向がないことを公の場で発言しています。

こうした大胆不敵な性格は臆病な性格をしている私には大変に魅力的に思います。

もちろん、ルールに基づいて彼は行動しています。

あるとき、強制執行が行われて差し押さえの措置が取られるも自宅には生活必需品しか置いていませんでした。

結果的に差し押さえがされることはありませんでした。

また、資産調査を原告側がしたときも銀行口座すら特定することができなかったそうです。

ひろゆきはこうなることをあらかじめ予測しておいて対策をしていたのです。

こうしたところからも博学で用意周到な人物であることがわかります。

さまざまなメディアに出演するときにもその博学ぶりと常識にとらわれない独特の発想を垣間見ることができます。

彼がテレビに出演するときはその意見の賛否はともかく、これまでの社会通念を打ち破る考えを聞くことができて、よくテレビの前で傾聴しています。

 

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