コンサルタント、起業家、著作家の顔を持つ小川晋平の経歴




 

テレビや雑誌で取り上げられた朝活を皮切りに、コンサルタントや会社経営、数々の講演をこなしている小川晋平を知っているでしょうか。

ここでは自身の経験を本にした小川晋平という著作家について紹介します。

 

小川晋平が持ち合わせていた才能と行動力

小川晋平氏は1985年12月20日に東京で生まれました。

慶應義塾大学経済学部の出身で、現在では上場企業のコンサルタントやプロジェクトの発足など、マーケティングやセールス設計にて活躍をしています。

小川氏は17歳の時にオンライントレードを始め、大学進学の時には億を動かすデイトレーダーだったのです。

しかし、2006年のライブドアショックですべてを無くし、数千万円の借金を背負うまでになってしまいました。

さらに、小川氏は学生時代に週末は韓国へ行き、カジノで仕事をするというカジノプロでした。

リスクがあっても価値のあるものを見極め、失敗を恐れずに積んだ経験が現在の業務には少なからず影響しているといえるでしょう。

卒業後はIT系ベンチャー企業でSEとして働きます。

サラリーマンとして働いていた24歳の時、小川氏が恩人とする投資家に言われた一言「このままでは抜け出せなくなる。」に衝撃を受けました。

そして他の企業のオフィスを間借りして初期投資ゼロのコールセンターを起業しています。

また、26歳でオフィスを六本木ヒルズに移転しました。

2011年の震災の時何かを変えたいと思い、ソーシャルメディアで始めた朝活読書会はテレビや雑誌、ラジオなどで取り上げられました。

2013年出版の朝活のススメでは、11人の著者の中の一人として、朝活について解説をしています。

当初は営業支援ベンチャー企業を設立し、集める売り込みをしていました。

集客に特化したソーシャリアルな仕組みを形成した結果、1000人規模のコミュニティとなりました。

マーケティング会社の経営もしていましたが、苦境に陥った時に相談したコンサルタントの影響をうけ、小川氏もコンサルタントとして起業しました。

起業後すぐに手腕を発揮し、33日で売り上げは1、000万円を超えています。

大小の規模を問わず、マーケティングセールス設計を得意とし、高単価ビジネスのビジネスモデルを提案するなど、50人以上の経営者や起業家の売り上げをたった1年間で1、000万円突破に導きました。

クライアントから絶大な信頼を寄せられ、28歳には関与する会社は社外取締役含め9社にのぼっています。

また、国会議員のネット選挙でのプロモーションをはじめ、商業施設や飲食業、士業などのソーシャルメディア活用のプロデュースもしています。

2015年にはシンガポールに移住し、ビットプロパティー株式会社を設立するなど、国内外で小川氏が経営に携わる企業は12社を数えます。

2015年には、共著所として「一流の人はなぜそこまで、習慣にこだわるのか?」と「一流の人はなぜそこまで、雑談にこだわるのか?」が出版され、2016年には起業初期の課題と失敗の解決策を公開した、「企業のマトリクス」が出版されています。

また、ライフワークとして起業家や起業志望者と共に、成果が出る習慣を学ぶチーム100を主催しています。

 

小川晋平を慕う仲間によってつくられたファンクラブ

サラリーマン時代の恩人だったり、相談したコンサルタントだったりと小川氏の転機には必ずといっていいほど人が関わっています。

周囲の人に恵まれていると考えられる一方、小川氏がそういった人物を引き寄せているのかもしれません。

経験から人が集まってくる方法を理解し、人を集めることを得意としています。

謙虚な姿勢と、明るい人柄、面白いトークで人を引き付けるのでしょう。

その証拠に、小川氏には一般人には珍しいファンクラブが存在します。

100名を超すメンバーが参加し、名前は小川晋平ぷらすの略で「おがぷら」です。

ソーシャルメディアで公開されているファンクラブの活動からは、小川氏の人となりがうかがえます。

ぷらすとつくように、とにかくプラス思考だそうです。

数千万円の借金を抱え、何度も苦境にたちながらもここまで上り詰めるには、並大抵のプラス思考ではやっていけません。

起業しようとした時や、前向きになりたい時に、小川氏は人生経験を語る著作家として目が離せない存在となるでしょう。

「一流の人はなぜそこまで、雑談にこだわるのか」を読んでみて感じたこと

2018.07.29









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